ちょっとひと言

マイクロソフトは DEC の教訓を生かせるか

David Platt

David Platt先月号のコラムでは、かつて世界第 2 位のコンピュータ企業であった DEC が、周囲の市場の変化に気付かないうちに凋落していった様子を取り上げました。マイクロソフトも、現在市場で起こっていることをきちんと認識しておかなければ、同じような自滅の道を進むことになるかもしれません。

「かなづちを握ると、すべてが釘に見える」という、ロシアの古いことわざがあります。DEC には、すべてが VAX に見えていました。そして今、マイクロソフトには、すべてがパーソナル コンピューター (PC) に見えています。

マイクロソフトが約 10 年前に初めてパームトップ市場に参入したとき、その製品を何と呼んでいたか覚えていますか。そう、「Pocket PC」です。マイクロソフトが最も誇っていた機能は Pocket Word と Pocket Excel でした。私も Pocket PC を 1 台持っていて、今では文鎮代わりに使っています。飼い猫の Simba がときどき机から落として遊んでいます。

顧客がパームトップ デバイスを購入する理由は何でしょう。おそらく、必要なときにすぐポケットから出して使えるためです。その代わり、ディスプレイのサイズや入力の容易さは犠牲になっています。パームトップ端末でスプレッドシートを操作しようとするユーザーはあまりいないでしょう。そんなことは PC でする方が格段に簡単です。パームトップを使うのはすぐに情報を得たいときときです。たとえば、自分の夫が道に迷い、その事実を認めようとしない場合に正しい道を調べたいときです。パームトップは、単に "PC を小さくしたもの" ではなく、まったく異なるものです。

PCマイクロソフトは 10 年をかけて、パームトップ端末と PC がいかに違うかを理解してきました。そして、非常に優れた Windows Phone 7 を開発しました。Bing と音声認識の融合はすばらしく、探している場所 (「Cape Ann 動物病院」など) を口にするだけで、その場所を見つけて地図上に表示するだけでなく、電話番号や目的地への道順も表示されます。こういうものが私たちの生活を楽にしてくれるのです。Excel スプレッドシートをタッチペンで叩いて 1 文字 1 文字入力することを求めているわけではありません。

しかし、いまだにすべての Windows Phone 7 デバイスには、Word、Excel、PowerPoint といったものを含む Office Mobile が搭載されています。もちろん、買い物リストにさえ不十分なメモ帳も含まれています。本当ならそれくらいの容量があれば、音楽、ゲーム、高解像度の画像に使いたいものです。ところが、私たちはマイクロソフトだ。私たちは PC 企業だ。「汝 Office を使いたまえ」とでも言わんばかりに、Office はがっちりと組み込まれ、アンインストールできないようになっています。

マイクロソフトは、現在、タブレット市場において大きな遅れを取り始めています。最初にタブレット PC を発売したのは約 10 年前です。マウスの代わりに指を使える程度のタッチスクリーンが取り付けられた、値段が高く、能力も足りない PC でした。反響はまったくと言っていいほどありませんでした。Dell は、Windows タブレット用には 2 モデルしか発売しておらず、どちらもタッチスクリーンをノート PC に無造作に取り付けたような製品です。HP Slate も、Windows 7 を完全搭載した PC からキーボードを取り外したような製品です。これらは、せいぜい取るに足らないニッチ市場にすぎません。

マイクロソフトのタブレットが 10 年もくすぶり続けている間に、Apple は発売からわずか 9 か月で 1,500 万台もの iPad を売り上げました。その理由は、Apple がマイクロソフトの知らないことを理解しているためです。つまり、タブレットはラップトップとはまったく異なるフォーム ファクターを持つデバイスで、単なる小さな PC ではありません。設計アプローチもまったく異なり、PC よりも携帯電話にずっと近いアプローチが必要です。今もこのコラムを書いているそばで、8 歳の娘が祖父の iPad で遊んでいます。彼女は、自宅にある自分の PC よりもずっと iPad がお気に入りのようです。私は iPad で小説を書こうとは思いませんが、娘は万華鏡アプリや子馬のレース アプリを楽しんでいます。マイクロソフトの現役社員は iPad をみて、「おもちゃじゃないか」とあざ笑いました。それはまさに Ken Olsen が PC について言っていたことです。

第 1 次世界大戦後にマジノ線を築いたフランス軍のように、マイクロソフトはいまだにかつての戦争を続けています。自己満足をやめて、世界の変化に目を向けなければ、かつてのフランス軍のように惨敗することになります。Windows Phone 7 には、マイクロソフトの開発者の才気が垣間見えます。あとは上司が正しい問題点を指摘するだけです。マイクロソフトが真実を見据えない限り、かつてマイクロソフトが DEC を凋落させたのとまったく同じように、Apple と Google がマイクロソフトを脅かすでしょう。もしも私が Bill Gates の追悼記事を書くまで執筆者を続けていたら、先月号の Ken Olsen についての記事をカット アンド ペーストするだけで済むのではないかと考えています。

David S. Platt は、ハーバード大学の公開講座や世界中の会社で .NET のプログラミングの講師をしています。『Why Software Sucks...and What You Can Do About It』(Addison-Wesley Professional、2006 年) や『Microsoft .NET テクノロジ ガイド』(日経BPソフトプレス、2001 年) などの、11 冊のプログラミング関連の書籍の著者でもあります。2002 年には、マイクロソフトから Software Legend に指名されました。David は、8 進法で数える方法を学べるように、娘の 2 本の指をテープで留めるかどうか悩んでいるところです。連絡先は rollthunder.com (英語) です。